北室かず子さん著の『北の鞄ものがたり〜いたがきの職人魂』から、職人たちの時代やいたがきの製作秘話を抜粋して、毎日少しずつお届けします。

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■鬼気迫る職人の仕事①

当時の職人魂を英三はこう振り返る「職人というのは男でしたから、男の仕事、とりわけものづくりの究極には女性がいる。近くにある吉原から電話がかかってくるんです。電話に出ると先輩からで、親方から金借りて持ってきてくれって。『いかほどですか』と聞くと、月の給料が1万円の時に3万円って。それが月に何度もです。吉原大門をくぐってお金を持っていくと、逃げられないように女物の襦袢を着せられた先輩が出てくるんです。

『おう、英三、すまなかったな。後から蕎麦でも奢ってやるよ』って言って、金を受け取る。そうやって借金を重ねるもんだから、いくら腕がよくても独立できない。でもね、女でこさえた借金を返すために、艶のある、なんともいえないいい仕事をするんですよ。職人が心底惚れた女のためにする仕事は鬼気迫るものがある。僕は両親の生活を助けなくてはいけなくて芸事にお金を使うことはできなかったけれど、師匠や先輩を見ていて、この人たちの仕事は超えられないと今でも思うことがあります」

―続く―