不安や緊張の続く毎日ですが、自宅で過ごす時間のささやかなお供になれば。そんな想いで北室かず子さん著の『北の鞄ものがたり〜いたがきの職人魂』から、職人たちの時代やいたがきの製作秘話を抜粋して、毎日少しずつお届けします。

創業者・板垣英三が大切にした、自然の生き物からいただく革という素材を余すところなく使い、多くの人の手で作り上げ、永く愛用してもらうことで “ずっと生き続ける”という理想が込められた、いたがきの原点の物語です。

※鞄いたがき公式HP「北の鞄ものがたり」特設ページ

https://www.itagaki.co.jp/syoseki/

#北の鞄ものがたり

■原点

英三にとって、職人の原点は浅草で奉公したときの先輩たち。美しいものを作るために、自分の技術を惜しみなく注いでいた。そうやってできた作品は、隅々まで美しさにあふれていて、生きている喜びを形にしたら、きっとこんな風に輝くだろうという光に満ちていた。

英三は、自分が受け継いだ技術を残したくていたがきを創り、その成果が今、北海道赤平市の工房に宿る。そしてそれは、日本の職人たちの心意気を伝える灯でもある。

■丁稚奉公の日々1

現在の東京都台東区千束。この吉原遊郭にほど近い職人のまちで、15歳の丁稚奉公が始まった。朝5時に起きて家の中と外を2時間かけて掃除する。職人たちが起きてきたら、食事をしている間に布団をたたんで押し入れにしまう。寝ていた場所を仕事場に出来るよう、職人たちの仕事道具を全部出して段取りをする。

職人が食事を終えた後、やっと朝食だ。前日の残りの冷えた外米だったが、それさえほとんど残っていない。おかずもいいところはすべて食べられ、みそ汁の具もほとんどない。冷えたごはんに汁だけかけてかきこむ。食べ終えるのに1分もかからなかった。

それから寝ている師匠の足元で正座し、手をついて「おはようございます」と挨拶をする。かすかに「ふむ」という声。どうせ見ていないだろうと、手をつかずに挨拶をしたことがあった。すると後からきつく叱られた。だから必ず、正座をして手をついて畳に頭をつけるのだ。

やがて師匠が起きてくると、師匠夫妻のふとんを押し入れに片づけて師匠の仕事場を作る。包丁、錐、鋏。道具はぴったりと一直線に尻をそろえてまっすぐに置く。

朝食を終えた師匠がたばこを吸う。その香りに大人の男を感じた。技を磨き上げ、職人たちを率いて自分の城を築いている。自分も吸ってみたいなあと15歳の少年は思った。

―続く―