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鞄いたがき こぼれ話

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『北の鞄ものがたり』より②

北室かず子さん著の『北の鞄ものがたり〜いたがきの職人魂』から、職人たちの時代やいたがきの製作秘話を抜粋して、毎日少しずつお届けします。
※鞄いたがき公式HP「北の鞄ものがたり」特設ページ

https://www.itagaki.co.jp/syoseki/

■丁稚奉公の日々2

最年少だから雑用も多い。鞄に使うファスナーを買いに吉田工業まで自転車を走らせる。

昭和9年に創業した吉田工業(現YKKグループ)はファスナーの加工販売を行っていたが、昭和20年の東京大空襲で工場を全焼。一度解散し、昭和26年に本社を日本橋馬喰町において再出発したばかりだった。当時のファスナーは、職人が股の間に布をはさみ、金属の歯を1個1個布に打ち込んで作っていた。

「自転車をこいでお使いに行くとね、創業者の吉田忠雄さんが『おー、よく来たな』と言ってお駄賃にキャラメルをくれたんです。1箱ではなく、1粒ね。そのおいしかったこと。脳天がとろけるようだったね」

当時墨田川界隈では、焼け野原からものづくり産業の芽が出始めていたのだ。

いや、東京に限らず、日本中が焼け野原から立ち上がりつつある時代だった。

お使いは救いだった。自転車をこぎながら寝られたのである。「昭和20年代、自動車なんてまだほとんど走ってなかった。ぶつかるとしてもせいぜいスクーターくらい。でも電柱にはよくぶつかったなあ。生傷が絶えなかった」と笑う。

自分の衣類を洗濯していると、先輩が「これも洗っておけ」と、その上に積み上げていく。とにかく朝から夜中まで働いた。1日4食、食べられることが唯一の救いだった。

3か月が過ぎた頃、初めて師匠が声をかけてくれた。そして机の上に包丁を2本、置いていった。「僕にくれるのかな。親方、革を切ってみろってことかな」こんなところに英三の天真爛漫な末っ子らしさがにじみ出る。

「バカか、研いどけってことだよ。俺でも親方に包丁なんかもらったことないぞ」と兄弟子に怒鳴られた。革の裁断は1ミリでもずれると高価な材料をムダにしてしまう。わずか3か月でそんな重要な仕事をさせてもらえるはずがなかった。

兄弟子が研ぐ様子をまねてやってみたが、何度やってもダメ出しされる。やっとわかったのは、頬に当てるとさっと産毛が切れる切れ味に仕上げるのが、プロの道具だということだった。

―続く―

投稿者:京都御池店

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『北の鞄ものがたり』より①

不安や緊張の続く毎日ですが、自宅で過ごす時間のささやかなお供になれば。そんな想いで北室かず子さん著の『北の鞄ものがたり〜いたがきの職人魂』から、職人たちの時代やいたがきの製作秘話を抜粋して、毎日少しずつお届けします。

創業者・板垣英三が大切にした、自然の生き物からいただく革という素材を余すところなく使い、多くの人の手で作り上げ、永く愛用してもらうことで “ずっと生き続ける”という理想が込められた、いたがきの原点の物語です。

※鞄いたがき公式HP「北の鞄ものがたり」特設ページ

https://www.itagaki.co.jp/syoseki/

#北の鞄ものがたり

■原点

英三にとって、職人の原点は浅草で奉公したときの先輩たち。美しいものを作るために、自分の技術を惜しみなく注いでいた。そうやってできた作品は、隅々まで美しさにあふれていて、生きている喜びを形にしたら、きっとこんな風に輝くだろうという光に満ちていた。

英三は、自分が受け継いだ技術を残したくていたがきを創り、その成果が今、北海道赤平市の工房に宿る。そしてそれは、日本の職人たちの心意気を伝える灯でもある。

■丁稚奉公の日々1

現在の東京都台東区千束。この吉原遊郭にほど近い職人のまちで、15歳の丁稚奉公が始まった。朝5時に起きて家の中と外を2時間かけて掃除する。職人たちが起きてきたら、食事をしている間に布団をたたんで押し入れにしまう。寝ていた場所を仕事場に出来るよう、職人たちの仕事道具を全部出して段取りをする。

職人が食事を終えた後、やっと朝食だ。前日の残りの冷えた外米だったが、それさえほとんど残っていない。おかずもいいところはすべて食べられ、みそ汁の具もほとんどない。冷えたごはんに汁だけかけてかきこむ。食べ終えるのに1分もかからなかった。

それから寝ている師匠の足元で正座し、手をついて「おはようございます」と挨拶をする。かすかに「ふむ」という声。どうせ見ていないだろうと、手をつかずに挨拶をしたことがあった。すると後からきつく叱られた。だから必ず、正座をして手をついて畳に頭をつけるのだ。

やがて師匠が起きてくると、師匠夫妻のふとんを押し入れに片づけて師匠の仕事場を作る。包丁、錐、鋏。道具はぴったりと一直線に尻をそろえてまっすぐに置く。

朝食を終えた師匠がたばこを吸う。その香りに大人の男を感じた。技を磨き上げ、職人たちを率いて自分の城を築いている。自分も吸ってみたいなあと15歳の少年は思った。

―続く―

投稿者:京都御池店

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